福岡高等裁判所 平成元年(ネ)208号 判決 1990年4月26日
控訴人兼被控訴人(以下「一審原告」という。) 平野光則
右訴訟代理人弁護士 益田敬二郎
右訴訟復代理人弁護士 植田正男
被控訴人兼控訴人(以下「一審被告」という。) 殖産住宅相互株式会社
右代表者代表取締役 矢野次郎
右訴訟代理人弁護士 高屋藤雄
主文
一 一審原告の控訴を棄却する。
二 原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。
三 右取消しにかかる一審原告の請求及び当審において拡張した一審原告の請求を棄却する。
四 訴訟費用は一、二審とも一審原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 一審原告
1 原判決中、一審原告敗訴部分を取り消す。
2 一審原告、一審被告間の昭和五六年三月二七日付連帯保証契約に基づく一審原告の一審被告に対する元本二五三五万三九二六円及びこれに対する昭和五八年五月一〇日から支払いずみまで年一四パーセントの割合による遅延損害金を支払う債務のないことを確認する(当審において請求を拡張)。
3 一審被告は一審原告に対し三八七万五七七九円及びこれに対する昭和六〇年一二月一三日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。
4 一審被告の控訴を棄却する。
5 第三項について仮執行宣言。
6 訴訟費用は一、二審とも一審被告の負担とする。
二 一審被告
主文同旨の判決
第二主張
一 請求原因
1 一審原告・一審被告間には一審被告を債権者、一審原告を連帯保証人とする熊本地方法務局所属公証人岩隈政照作成昭和五六年第二六九五号保証委託並びに求償債務履行に関する契約公正証書(以下「本件公正証書」という)が存在し、右公正証書には左記の記載がある。
イ 山下満子(以下「山下」という)は、昭和五五年六月二五日一審被告との間に締結した別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)の売買契約による売買代金の支払資金として、株式会社住宅ローンサービス(以下「訴外会社」という)から昭和五六年三月二七日二四六〇万円を、利息年九・六パーセント、第一回弁済期同年五月八日、最終弁済期同七六年四月八日とする二〇年間の月賦払、債務者が一回でも割賦金の支払いを怠ったときは期限の利益を失い、残金を一時に支払う、遅延損害金は年一四パーセントとするとの約定で借り受けるにあたり、一審被告に対し右消費貸借による債務につき連帯保証人となることを委託し、一審被告はこれを受託した。
ロ 一審被告が右保証債務を履行したときは、一審被告は山下に対する求償権(右消費貸借契約に基づく債務額及びこれに対する一審被告が訴外会社に弁済した翌日から山下が求償債務の履行を完了する日まで年一四パーセントの遅延損害金)を取得し、山下は直ちにその求償債務を弁済する。
ハ 一審原告は山下の連帯保証人として本契約上の債務履行の責に任ずる(以下「本件連帯保証」という)。
ニ 山下または一審原告は本契約上の一定金額の金銭債務を履行しないときは直ちに強制執行を受けても異議はないものとする。
2 本件公正証書には次のとおり請求権の存在及び成立に瑕疵がある。
(一) 一審原告は本件連帯保証契約を締結する際、三年間保証責任があるのみでその後は責任が免除されるものと誤信し、一審被告にもその旨言明した。したがって、本件連帯保証契約は要素の錯誤により無効である。
一審原告が右のように誤信したのは、一審被告が本件連帯保証契約締結の際一審原告に対し、右連帯保証期間が真実は二〇年間であるのに三年間であるように告げて欺罔したことによるのであるから、一審原告は平成元年九月四日の当審口頭弁論期日において連帯保証の意思表示を取り消す旨の意思表示をした。
(二) 本件公正証書における一審原告の執行認諾の意思表示は代理人文屋隆夫によってされているが、一審原告は同人に対し右意思表示の代理権を授与していない。
(三) 本件公正証書は一審被告の事後求償権の範囲について金銭の一定額の記載を欠き、民事執行法二二条五号所定の執行証書に該当せず、執行力を有しない。
3 ところが、一審被告は、昭和五八年五月九日前記消費貸借契約による残元金二三九四万二三六九円、利息一九万一五三八円及び遅延損害金一二二万〇〇一九円の合計二五三五万三九二六円を代位弁済したとして、本件公正証書に基づき、第三債務者を田淵海運株式会社とする給与差押命令(熊本地方裁判所三角支部昭和五八年(ル)第九号)を申し立てて一審原告の給料を差押え、別紙給料差押目録記載のとおり同社から合計三八七万五七七九円を取り立てた(以下「本件執行行為」という)。しかし、前記第二、2、(一)ないし(三)のとおり本件連帯保証契約は無効であるか、取り消されており、したがって一審被告は右取立額を法律上の原因なく不当に利得し、一審原告は同額の損害を受けた。
4 よって、一審原告は、本件連帯保証契約による二五三五万三九二六円及びこれに対する昭和五八年五月一〇日から支払いずみまで年一四パーセントの割合による遅延損害金を支払う債務の存在しないことの確認及び本件公正証書の執行力の排除を求め、かつ一審被告に対し、右不当利得金三八七万五七七九円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一二月一三日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び一審被告の主張
1 請求原因1の事実は認める。同2は否認する。同3のうち本件執行行為があったことは認め、その余は否認する。
2(一) 一審被告は、昭和五五年六月二五日山下から、本件建物の建築工事を代金三二八〇万円で請け負った。右代金のうち二四六〇万円は山下が昭和五六年三月二七日前記一、1、イ記載の約定で訴外会社から借入し、一審被告は山下の委託を受けて右消費貸借による債務について連帯保証した。
(二) その際、一審被告が右保証債務の求償権の履行を担保するため保証人を求めたところ、山下は一審原告を連帯保証人とすることを申し出たので、一審被告はこれを了承し、昭和五六年三月一四日、五日頃、一審原告、一審被告の担当者福田禮次郎(以下「福田」という)及び山下同席のもとに、山下、一審被告間で前記保証委託等の契約が、一審原告、一審被告間で本件連帯保証契約が各締結されるとともに、右各契約について公正証書を作成することになり、本件連帯保証契約による求償債務についての執行認諾を含む公正証書作成嘱託のための代理委任状(乙第五号証の三)が作成された。なお、右の時点では委任状に代理人の記載はなかったが、一審被告に代理人の選任が一任されたので、一審被告は後日右代理人として文屋隆夫を選任した。
3 一審被告は、山下が訴外会社への支払を怠ったので、昭和五八年五月九日同会社に対し、残元金二三九四万二三六九円と利息、遅延損害金との合計二五三五万三九二六円を代位弁済し、山下及び一審原告に対する求償権を取得した。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 《証拠省略》によると、一審被告主張の二、2の(一)、(二)の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》したがって一審原告の一、2、(二)の主張は採用できない。
三 一審原告は本件連帯保証契約による責任が三年間に限られ、その後は責任が免除されるものと誤信していた旨主張し、原審・当審におけるその本人尋問において同旨の供述をし、原審証人山下もこれに沿う証言をするので判断する。
《証拠省略》によると、訴外会社に対する山下の前記消費貸借による債務についての一審被告の連帯保証の期間は昭和五六年三月二七日から昭和五九年三月二七日までの三年間と定められていることが認められ、したがって一審被告が右期間経過により訴外会社に対する連帯保証債務の履行を免れるときは、一審被告の山下に対する求償債権も発生せず、山下の右求償債務の連帯保証人である一審原告の債務も発生しないことになるが、山下が右期間経過前に右消費貸借による債務を遅滞して期限の利益を喪失したときは、一審被告は訴外会社に対し山下の右消費貸借による債務の連帯保証人として右債務を弁済すべき義務があり、一審被告がこれを履行したときは山下に対して求償権を取得し、一審原告は山下の右求償債務の連帯保証人として責任を免れないのであって、右のように山下が三年の期間経過前に右消費貸借による債務を遅滞して期限の利益を喪失したときでも、一審原告と一審被告の本件連帯保証契約締結後三年を経過すれば一審原告の山下の求償債務の連帯保証人としての責任が免れるというのは余りにも不合理である。前記証人山下及び一審原告本人の各供述は、それ自体曖昧であるばかりか、一審原告本人の当審における尋問の結果中には、山下が三年間遅滞なく支払い続ければ一審原告の責任はないと思っていたと供述する部分があり、また、同人の原審・当審における尋問の結果中には山下が三年で倒産ないし支払遅滞をするとは思ってもいなかったと供述する部分があって、これらによると一審原告はむしろ前記の事理を正確に認識していたと受取られるのであり、このほか前記証人福田の証言に照らして、到底信用できない。
次に、本件全証拠によるも、一審被告が一審原告を欺罔して右のように誤信させたことを認めるに足りる証拠はない。
四 一審原告は本件公正証書には執行証書の要件である金銭の一定額の記載がないから執行力がない旨主張するが、もともと民事執行法三五条の請求異議の訴は形式上債務名義たり得るものについて債務名義上表示された請求権の存在を争ってその執行力の排除を求めるものであって、一審原告の右主張は執行文の付与に対する異議(同法三二条)の事由としてはともかく、請求異議の訴の異議事由としては許されず、主張自体失当である(付言するに、民事執行法二二条五号が金銭の一定額の記載を執行証書の要件としている趣旨は執行機関に請求の範囲を的確に知らしめ、執行の迅速確実を期するとともに、その範囲を越えて執行を受けることがないように債務者の保護を図ったものである。したがって委託を受けた保証人の事後求償権のように保証人の代位弁済によって発生し、その額が具体化する請求権について作成された公正証書であっても、証書上その基本たる法律関係が確定し、請求権の最高額が明示されている以上、その具体的な金額は同法二七条の類推適用により、保証人に代位弁済の事実及びその額を証明させ、その額を執行文に記入することによって右規定の執行証書としての要件をみたすものと解する余地がある。しかして前記認定にかかる本件公正証書における請求原因1のイないしニの記載及び《証拠省略》によると、一審原告は本件公正証書において前記消費貸借契約に基づく債務全額を最高額とする限度内の金銭支払いについて執行を認諾し、右債務について付与された執行文にはその具体的な金額が一審被告提出にかかる訴外会社の代位弁済証明書を引用する形で明記されていることが認められるところ、一審原告としては右の最高額について執行を認諾している以上、その具体的な金額は一審被告の証明によるとしても証書上特定された既存の契約による債務の範囲内で定まるのであるから、債務者の保護に欠けるところはなく、執行文にもその金額が明記されているのであるから、執行の確実性の観点からも問題はないというべきであり、本件公正証書は執行法二二条五号にいう執行証書として形式的執行力があると認めるのが相当である。)。
五 不当利得返還請求についての判断は原判決の理由説示(原判決五枚目裏五行目から一三行目まで)と同一であるから、これを引用する。
六 以上によると、一審原告の本訴請求は、当審における拡張部分を含め全部失当として棄却すべきである。
よって、一審原告の控訴は理由がないからこれを棄却し、原判決中一審被告敗訴部分を取り消し、右取消しにかかる一審原告の請求及び当審で拡張された一審原告の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤安弘 裁判官 川畑耕平 簑田孝行)